おばあちゃんと一緒に

暮らしていた頃。

夕方になると

おばあちゃんは

歌いながら

夕餉の支度をしていました。

演歌を静かに

歌っていました。

今、思い出すと

結構上手だった気がします。

子どもだった私は、

夕方の「トムとジェリー」を観終わると

ニュースばっかりのテレビにうんざりしつつ

でも、静かになってしまいそうで

テレビを付けたまま

おばあちゃんの鼻歌を

聴くともなしに聴いていました。

おばあちゃんは、

長野のすごく田舎から

ひとり息子の父に呼ばれ

出てきた人でした。

だから、知り合いなんて

ひとりもいなかったはずで

おばあちゃんが友達と出かけたところなど

一度も見たことがありませんでした。

嫁である母に言わせると

何にも言わない静かなお姑さんだったそうです。

縫い物や編み物が上手で

私も教えてもらったものでした。

アイロンがけは

とても敵わなかったと

母は今も思い出しては話します。

今も、実家には、

おばあちゃんが使い込んだアイロンがあって

ものすごく滑りが良く

今も現役で、本当に使いやすいのでした。

おばあちゃんは、

だんだんとわからないことが増え

施設にいたのですが、

いつも長野の実家のことを

話していたそうです。

「そろそろ帰らなくっちゃ」

そういう時は、

長野の実家のことだったようです。

たまに外泊で、

うちに帰ってきても、言うのです。

「そろそろ帰らなくっちゃ」

うちの母は、

おばあちゃんがそう言うといつも

「おばあちゃんのお家は、ここだよ」

って、教えてあげていましたが、

４０年も住んでた家なのにねって

少し寂しそうな顔をしていました。

おばあちゃんは、６人きょうだいの一番上で

一番下の妹は、私の父と同い年でした。

昔はよくあったことのようでしたが

おばあちゃんは、子どもがたくさんで

本当に大変だったと言っていました。

子どもを産んだときに

自分の母親も子どもを産んでいるって

よく考えたらすごいことですよね。

おばあちゃんは、

おじいちゃんとは離縁していて、

女手一つで父を育てたシングルマザーでした。

当時は、珍しいことだったと思います。

田舎には農業の他に仕事がなく

男の人たちに混ざって、

土方（どかた）仕事をしていたと

話してくれたことがあります。

うっすらとした記憶に

おばあちゃんは煙草を吸う人でした。

灰皿代わりのベビーパウダーの缶を

よく覚えています。

家を建てて、引越しをしてからは

止めたようでしたが。

私の中のおばあちゃんには、

こんな２つの全然違う印象があります。

すごく苦労したのだろうと

今はわかります。

私たちと暮らし始めた年月は、

おばあちゃんにとっては

最後の記憶には残っていないようでしたが

それでも、鼻歌を歌っていたおばあちゃんは

心楽しく暮らせていたんだなと思います。

＊＊＊

鼻歌は、機嫌が良い時しか

出てこないもののようです。

無意識につい出たり、

知らないうちに歌ってる。

そんな感じかと思います。

「おかあさんは、よく歌ってるね」

夫が、子どもと話しているのが聞こえました。

私も、歌っているようです。（笑）

ご機嫌でいられてよかった、

なんだかそう思いました。

あなたは、歌っていますか。

あなたのそばにいる人は

歌っていますか。

ご機嫌な人が

たくさんいるといいですよね。

池尾千里

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