冬季オリンピックが
楽しくってつい
真っ白な画面に
吸い寄せられて
あっという間に
時間が経っている池尾千里です。
はい、こんにちは。
*
人に会うと疲れてしまう。
人混みに行くとヘトヘト。
楽しかったパートナーとの
楽しいデートであっても
家に帰るとぐったりしてしまう。
みなさんにも、こんなことって
ありませんでしょうか。
今日のテーマは、
「察する力について」書いてみました。
おつきあいくださいませ。

人に会うと疲れてしまうのは、どうして?
人混みに行くと疲れてしまう。
病院に行くとヘトヘトになる。
人に会うととにかく疲れる。
私も、病院に行くと
疲れすぎてしまって
困った時期がありました。
診察って疲れるよねー
と思っていましたが
でも、自分は診察がない
家族の付き添いでも
同じ状態になるので
ちょっと不思議だったんですよね。
人に会う時、
なんとなくこんなふうに
思いませんか。
「(初対面なら)どんな人かな」
「今日は、元気かな」
「ごきげんはどうかな」
そっと様子を伺う
みたいな感じです。
無意識にやっているものですが
波長を合わせていくというか
相手の心にアクセスするというか
相手の気持ちを知るために
心を寄せていくような。
すると、なんとなくですが
相手の様子がわかったりします。
いい人そう
元気そうだな
怒ってるのかな
いつもは、大切な人たちに
無意識にやっているものですが
同じように、
人混みなどで
不特定多数に向けてやってしまう。
たくさんのネガティブな感情を
感じることになったりします。
それを気の毒だなと感じたり
怖い、悲しい、寂しい・・
一緒に感じてしまうこともあります。
すると、くたびれてしまうのです。
そりゃ、くたびれますよね。
「察する」ことのルーツを理解してみよう
私たちは、
大切な誰かの気持ちを
知りたいと思っています。
興味があるし、
関心が向きますよね。
元気がなければ
話を聞いたり
元気付けてあげたいと
思うはずです。
こんなケースもあります。
すぐ怒る上司とか
すぐ機嫌がわるくなるパートナー
彼らの気持ちも
知っておかねばなりません。
気をつけておかないと
怒られちゃったり
八つ当たりされたら
イヤですもんね。
うまく対応するためには
相手の気持ちは知っておきたいのです。
「察する」というのは
こういう気持ちから
自然に生まれたものといえるでしょう。
では、
ちょっと考えてみてくださいね。
みなさんが
一番知りたかったのは、
誰の気持ちだったでしょう。
一番長く、
知ろうとしていたとしたら
誰でしょう。
きっとずいぶん前から
やってきたものかと思います。
子供の頃一緒にいた
おとうさんやおかあさん
おばあちゃん
おじいちゃん
きょうだいに対して、などなど
もしかしたら
その時のやり方が
今も残っているのかもしれません。
*
人混みで疲れてしまう時
病院でヘトヘトになる時
私が不特定多数に「察する力」を
発動しているかもしれない
私が波長を合わせて
私が相手の心にアクセスして
私が心を
寄せていっているかも
それを
自覚することができたら
そうやってる自分に
「気づく」ことができます。
私は、病院の待合で
ずーっとこれを
やっていたことに
気づくことができてから
「あ、やってる!」
って気づけるようになって
止められるようになりました。
そしたら
疲れる度合いが
格段に減ったんです。
私が自分から進んで
やっていたことに
気づけたから
自分で止めることもできたんです。
察して、合わせて、助けてばかりの下にあるもの
「察する力」は、
コミュニケーションを取る時
最強のものです。
でも、察してばかりいて
疲れる、しんどい、
そんな方もいらっしゃるのでは
ないでしょうか。
パートナーシップは
対等でなければ
長く一緒にいることが
むずかしくなってしまいます。
あなたばかりが
パートナーの気持ちを
察していては、
パートナーは
楽かもしれませんが、
あなたには、
一緒にいる時間が
負担になってしまうでしょう。
楽しいデートの後
ヘトヘトなんて
なんだかかなしいですよね。
でも、かなしいほど
ついやってしまうのなら
チェックしてみましょう。
こんな経験が
おありではないでしょうか。
大切な誰かを
充分に助けられなかった。
心は、過去に
助けられなかった人がいると
その埋め合わせを
別のところでしようと
することがあるのです。
目の前の人を
つい助けたくなる。
もしくは
助けを必要としている
そんな人ばかりを
パートナーにしてしまう。
でも、実は、
それでは埋まらないのです。
罪滅ぼしは、
犠牲なんです。
あなたの犠牲が、
相手を幸せにすることは
残念ながらないのです。
あの人を助けられなかった、
私の頑張りは
充分でなかったという誤解。
この誤解は
ぜひ解いておきましょう。
たとえば、
子どもの頃に
おかあさんを助けられなかった
そんな経験があるとしましょう。
いっしょうけんめい
おかあさんの気持ちを察して
がんばったけれど
おかあさんは
機嫌が良くなるわけでも
元気になるわけでもなかった。
そんなご経験。
子どもができることには
あたりまえですが、
限界がありますよね。
だって、
小さいのですから。
それでも、あの時、
子どものあなたは、
出来うる限りのことはしたはずです。
思いつくことは
全部やったはずです。
手など抜いてなかったのです。
あなたは、充分でないと
思ったかもしれませんが、
確かにあの人の助けには
なっていたはずです。
あれ以上のことは、
できなかった。
でも、私は、
ベストを尽くしたと、
ご自身に言ってあげてもいいと思います。
あなたは、
よくやったんです。
本当にえらかったんです。
もう終わってもいいんですよ。
「察する力」と「信じる力」をセットで使おう
ネガティブなものを察した時、
あなたは、彼らに良いものを、
あげたくなるかもしれません。
忙しそうだったら、
手伝うかもしれないし、
寂しそうだったら、
そばにいるかもしれない。
いっぱいしてあげたいことが出てきます。
少々しんどくても、
やってあげようとするでしょう。
でも、これからは、
こんなふうに思ってみてください。
彼らが自分で気づき、
自分で立ち上がっていくことが
できるかもしれない。
あなたがそばで、
彼らを信じて、
応援することもできる。
彼らが見ることができない、
ハッピーな未来を、
あなたが見てあげるんです。
それを、
犠牲とは言いません。
「察する力」と
「信じる力」を、
ぜひセットで使ってみてくださいね。
あなたの才能や
あなたの魅力で
どうか傷つかないで
どうか疲れてしまわないで
あなたの才能も
あなたの魅力も
誰かを助ける前に
あなたを幸せに
するものなのですから。
むずかしいなって
思う時には
私が応援しますから。
池尾千里
池尾千里単独のカウンセリングはもちろん、
夫・池尾昌紀と2人のカウンセラーでの
『夫婦カウンセリング』もご用意しています。
男女双方からの見方を
同時に盛り込みながら進めます。
是非一度、お試しください。
心より、お待ちしております。
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